家畜の幸せな生活と労働力の安さの関係

皆さまこんにちはこんばんは。ケモミミ本舗です。

今回は畜産界のちょっとまじめなお話。
「家畜が生きている環境と労働力の安さには実は関係があるんだよ」ってことについて、(獣医師の立場から知る限りの範囲になりますが)書こうと思います。

「よく見る」家畜の飼育環境

YoutubeやSNSでたまに見かける「こんなにひどい家畜の飼育環境」ってありますよね。

狭い畜舎にぎゅうぎゅうに詰め込まれた家畜
臭くてハエだらけの環境
川や海に汚染水を流す
汚い水に汚い床
虐待としか思えない畜主からの家畜の扱い
あげく暴力的に殺される家畜

多少なりとも家畜の飼育環境に興味のある方は何らかこういった動画をご覧になったことがあるのではないでしょうか。

ではどこまでこれらは「本当」なのでしょうか。

少し視点を変えてみましょう。

畜産資源は、労力を抑えて(資金を抑える方向性でもあります)大量に生産できる環境があれば「効率的」に生産できます。
理想は「オートメーション化された生産現場」です。
ニワトリが1年365日卵を生むなんて感じで畜産物が作れたら確かに理想的ですよねー。
計画も立てやすいし。
近年ますます農場も大規模化していますので、外部から見たらオートメーション化されているように見えるところもあるかもしれません。
(海外とか洒落にならないレベルで「工場的」な農場もありますね)

しかし、そこはまぁあたりまえなんですが生き物なのでそんな簡単にはいきません。
なんせ「生きている」ので飲み水も必要だし、食べ物も必要だし、それらに伴う排泄物も当然あるし、さらには病気にもかかるし、生産寿命もあります。
生まれた仔畜が全て成長するとも限りません。

これらに必要なものはなんでしょうか。
(皆さんが想像するよりおそらくより大量の)水、(主に輸入に頼っている)飼料、頭数が増える分だけ増えていく排泄物の処理・処理能力、疾病の管理もしくはコントロール、飼育管理を実行する労働力…
そして、これら全てにコストがかかってきます。

上記の「残酷で悲惨な畜産の飼育状況」は実際のところ、この「効率的」な生産をしようとするほど実現されやすい環境…だとは思いませんか?

「アニマルウェルフェア」はどこまで活かされているのか

アニマルウェルフェアと畜産業

アニマルウェルフェア(動物福祉)という概念もずいぶん定着してきました。

家畜も人間と同じように、飼育下であってもストレスの少ない平和な環境が必要だという考えです。
(ただ、やはり家畜なので最後は屠殺されますが、そこにおいても可能な限り苦痛と恐怖のない方法で、とされています)

2年前の記事

畜産を国力の基幹とする国はたくさんあります。
畜産物の輸出で外貨を稼ぐこともあたりまえに行われています。
そして、その一方で「家畜の待遇はよくない、改善しろ」もしくは「畜産自体虐待でしかないからやめろ」と訴える人たちもたくさんいます。

畜産は農業の一環で人々の生活の基盤のひとつでもあるので、国という単位から無くすこと(無くなること)はほぼないでしょう。

となるとその国の政府が選択できるのは「(できる限り反対する人たちが納得できるであろう)家畜の生活環境の改善」ということになります。

過去発せられたそれらが少しずつ「国際的な常識」となって動物の福祉の先進国以外の国にも適用され、今日のアニマルウェルフェアにつながるわけです。

当然世界的に見ても一足とびに改善されているわけではなく、過密な飼育をやめる、糞尿を適切に処理する、など基本的な部分から(国によってばらつきはありますが)少しずつ少しずつ改善されてきました。
(有名なところでは鶏のバタリーケージの廃止や母豚のストール使用の禁止ですね。日本ではまだ使われているので改善の余地はまだまだ残されている、ということになります)

日本でこの辺りが意識されるようになってきたのはやはり「飼養衛生管理基準」が畜産の管理の中に浸透してきたからだと思います。

日本の畜産も昔と比べるとずいぶんよくなったとは言え、欧米など畜産先進国に比べるとまだまだ全然追いついていないところも多いです。
ただ、追いついていない現状は「管理側の都合」でしかないのも事実なので、それができない畜産農家はこれからも畜産業から離れるしかなくなっていくでしょう。

アニマルウェルフェアと労働力の関係

では何がアニマルウェルフェアを妨害するのでしょうか。

他の産業と同じく、畜産もまた「労働力」が1番コストがかかります。
畜産物が労働力も加味した「いわゆる適正価格」で取引されるのであれば農場側も問題なく「福祉的な」飼育ができると思います。

つまり、「動物の福祉を重視するには、畜産物を多少高くなってても買い支えていこう」てところに落ち着くわけです。
高いものを買えとか高くても買えとかそんなことを言っているわけではありませんよ?

家畜の福祉を充実させるためには畜舎の改造、手間の増加、非効率的な管理になるための時間のロス、等々、そういったはっきりとしたコストを、決められた価格の中で「どこに吸収させるか」って言ったら、やっぱり「労働力のコスト減」つまり「人件費の抑制」になってしまうんですよね。
(少なくとも今の税システムでは、ですが)
そうすると(畜産の厳しい労働環境では)低賃金でますます働いてくれる人は減るし、いても期待するほどの仕事ぶりじゃなかったり(賃金に見合った労働ですからね)で雇う側が雇用をさらに減らしちゃったりで悪循環が始まってしまうんです。

これはまぁ畜産物に限らない話ですけどね。

畜産現場での労働やコスト増については他にもたくさん書きたいことはありますが(技能実習生の待遇や円安による飼料の高騰など)今回はこれくらいにしておきます。

家畜の福祉と環境

今まで述べたように、国内の畜産飼育環境は、日本という資本主義社会の中での「市場価値に見合った環境」で作り上げられています。
コストバランスの中で可能とされる限界が国内の畜産現場で実現されているわけです。

国内でなかなか、理想的な「福祉的な飼育環境」が誕生しないのもこの辺りにあると思われます。
なんせ「福祉的なじゃなくても家畜は畜産物を生産」しますからね。

ただ、多くの(特に若い)農家さんたちは家畜の環境改善にはとても意欲的で、限られたコストの中で工夫を重ねて試行錯誤していることも覚えておいていただきたいと思います。

畜産における企業経営

畜産もずいぶん「会社(企業)」が増えてきました。

そうなると家畜を世話するのは「会社員」です。その作業は「仕事」です。

そうなるとますます家畜は「資源」であり畜産物が「生産物」になるので、ある意味機械的に作業が行われる「生産現場」となります。

市場原理から見た「支払われる給料と見合った」よりシビアな家畜への対応が現場で行われるわけです。

外部から見たらごくあたりまえな「常にきれいな水をあげましょう」だの「飼育する床をきれいに保ちましょう」なんてそれこそ「対応できるだけの労力を見込める適切な給与を与えろ」という正論に簡単に沈められてしまいます。おためごかしです。

畜産現場における適切な給与レベルってどこらへんだと思いますか?

最低賃金がもらえるだけでありがたく思えって思いますか?

まとめ?

まとめると「みんなビンボが悪いんじゃ」ということになるんですが、なんだかいろいろなところが窮屈な社会になってきました。

ほどほどに仕事してほどほどに給料もらってほどほどに生活できればそれがやがて「人間以外」にも恩恵をもたらすようになるんじゃないのかなぁなんて思うんですけどね。
(今回の事例で言えば家畜の福祉)

「ほどほど」のレベルが急降下中の現状はもの悲しいものがあります。

ということで、自分の余裕は他者への寛容につながるよね、っていう話でした。

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