家畜を殺処分するということ

皆さまこんにちはこんばんは。ケモミミ本舗です。

防疫業務と獣医さん

ご存知の方も多いと思いますが、獣医師の職域は多岐に亘ります。よく知られるのが臨床獣医師(いわゆる動物のお医者さん)で、他にも検疫や防疫、製薬など動物が関係する分野にはなくてはならない存在となっています。

私も獣医師ですが、臨床からはほど遠い防疫業務を主とする獣医師でした。
防疫業務というのは、「家畜伝染病予防法」という法律に基づいて、海外からの家畜伝染病の予防のために随時家畜の伝染病の有無を検査したり、伝染病の発生時にはその対応をしたりする作業を言います。
鳥インフルエンザや豚熱、口蹄疫は聞いたことがある方も多いかと思います。

法律と家畜伝染病

上記のような、発生すると家畜に甚大な被害を及ぼす、もしくは多大な経済的ダメージを負うような家畜伝染病が国内で発生した場合、基本的にワクチン対応ではなく、「殺処分」という方法が用いられます。
(ワクチンを使用すると、いつまでも「その伝染病が国内にある状態」になってしまい、食肉などの貿易上の不利などさまざまなネガティブな制約ができてしまうためです)
法律上はこれらの対応は農家さん自身が行うこととなっていますが、近年の農場の大規模化により農場だけでの対処が困難なため、その農場が存在する自治体が代わりに対応します。被害額についても自治体と国が補償します。(評価額での補償になるので、個体の価値の高い家畜を飼育している農家さんには十分に補填できず、被害はとても大きくなります)

発生農家さんは、伝染病の発生というショックだけでなく家畜が殺されるというショックも受け止めなければならず、また収入も絶たれることになるのでそのケアも必要になります。

私たち獣医師は「家畜防疫員」として、殺処分を含めたあらゆることに関与し、粛々と作業を進めていきます。

伝染病が発生すると発生した周辺の農家さん達も影響を受けます。例えば伝染病にかかっていないか検査を受けたり出荷を制限されたり監視されたりします。
(周辺の農場が被る被害は想像以上に大きく、これも発生農場が苦しむ要因のひとつとなります)
「家畜防疫員」は最前線で作業を行うので、何かあった場合の対応でたいてい矢面に立たされます。
罵倒されたりすることもまぁまぁあります。農家さんだけでなく、対応を手伝ってくれる作業員の皆さん(自治体職員だったり応援で来た他部署の方だったり)からも不満を言われます。(自治体の獣医さんの実質的立ち位置はとても低いのです…)

大規模化する家畜飼育農場

近年は農場が大規模化していると書きましたが、実は飼育されている家畜数は毎年そう大きく変わりません。その代わり「絶対的農家数」は年々減少しているんです。農家数が少なくなっても「1つの農場で」飼育される家畜が増えていることによってそんな現象が起きているんです。
「法律上」、伝染病がひとつの農場で発生した場合、どれだけ畜舎が離れた場所で発生していてもその家畜も「関連」していることになるので、そのロジックから対応するため殺処分する家畜が膨大な数になる、なんてことが現実に起きているんです。採卵鶏農場が100万羽200万羽なんてのもあたりまえに存在するようになってきていますしね。

家畜の殺処分がもたらすもの

前置きがずいぶん長くなってしまいました。
家畜の伝染病が発生した時の「殺処分」には、上記のように、法的な背景とたくさんの段取りがあり、多くの人手を必要とします。

そして、何よりも大切なのは、それが、“家畜の命を奪う”行為であることです。

殺処分には大義と理由がいくつも存在しますが、やることは「殺戮」です。しかも通常の家畜のと殺のように肉や内臓を食べるためではなく、純粋に「殺すために殺す」のです。

臨床以外の獣医師は動物の命を奪う機会がそれなりにあります。(ただ、昔よりははるかに少なくなっていると思います)
もちろんただ殺すだけではなく、それは検査や調査のためだったり研究のためだったりします。
ある意味「殺すことの意味」を自分の中にしっかり確立させられないとそういった仕事はできません。

そういった経緯から、獣医師はある程度動物の死に耐性(覚悟と言った方がいいかもしれませんが)がありますが、伝染病の接処分を「手伝う」人たちにはそんなものはないのがあたりまえなので、精神的にダメージを受ける人も多く存在することになります。
作業中は機械的にできていたはずのことが後になってフラッシュバックすることもあります。

伝染病に対抗する手段とは言え非常に後味が悪いですよね。

畜産というもの

「畜産」には往々にしてネガティブな視線が向けられます。
基本的に畜産は家畜の生産物を「搾取」することで成り立っているからであり、効率的に経済性を求めると家畜が天寿を全うすることができない状況になるからです。
「生きとし生けるもの」という言葉を使う私たち日本人にはある意味いつまでもなじむことができないものなのかもしれませんね。
水と穀物という人間と被る食物を消費して成長する動物でもあるので、そういった意味でもこれからも議論の絶えない存在となるんでしょう。
そういった「真っ当な」議論をするためにも理不尽な伝染病の発生なんてものは資源のムダの極致でもあるので可能な限りずっと発生しないで欲しいな、なんて思ってます。

(ついでにものすごい蛇足)

家畜の飼育にはとてもたくさんの資源を必要とします。
上にも書きましたが、水、穀物、土地、草…

そんな家畜の中で食肉としては豚や牛、となりがちですが、私のイチオシは「ダチョウ」です。
あのヒトたち本当に食品の効率が良くて、驚くほど少ない食料で大きくなってくれます。
まぁ現状ダチョウ農場が少ないことからお察しのとおり飼育がとても難しいことが唯一?にして最大のネックなんですけどねぇ…

ダチョウのお肉は赤身肉です。さっぱりしててタンパク質モリモリです。

もし機会があったらぜひ食べてみてください。

おすすめの記事